「何億年もの進化で魚たちが獲得した新たな卵膜形成の仕組み」
脊椎動物の卵細胞は糖タンパク質で構成される構造物に囲まれており、外部からの刺激から保護されています。 これは卵生生物のみならず、我々のような胎生の哺乳類の卵も同じです。この構造物は、魚類では卵膜、鳥類では卵黄膜、哺乳類では透明帯と呼ばれ、それらは全てZP (zona pellucida)タンパク質で構成されており、 脊椎動物全体に保存された構造物です。
魚類(ここでは真骨魚類を指します)はもともとこのZPタンパク質を卵細胞自身が合成して卵膜を形成していましたが、 数億年の時間を経て一部の魚種ではZPタンパク質を肝臓で合成して、卵巣へ運ぶシステムを新たに獲得したことが知られています。 肝臓は生体の工場と呼ばれる最大の臓器です。結果として、大量のZPタンパク質を合成可能となり、厚くて丈夫な卵膜を獲得し、産卵環境に適した様々な卵を産むことが可能となり、広く繁栄してきたと考えられています。しかし、ひとくちに「卵膜の合成器官が変わった」と言っても、そのような変化を遂げるには、 “ZP遺伝子の発現場所の変化” “ZPタンパク質の肝臓から卵巣への輸送の仕組み” “他器官から運ばれてきたZPタンパク質で卵膜を形成”など多くの複雑な変化を伴う必要があることが予想されます。私達の研究室では、このような大掛かりな変化を遂げることができた理由やその経緯を解明することを目指し、 in vivoとin vitroの実験系を用いて魚類の卵膜形成の仕組みなどを明らかにしようとしています。
「厚い卵膜と薄い卵膜はどのようにきまる?」
近年は、「魚類の卵膜の厚さを決める仕組み」にも興味を持って研究に取り組んでいます。前述のように、肝臓でZPを合成する機能を獲得したことで、魚類は厚い卵膜を作ることが“可能”となりましたが、実際は肝臓でZPタンパク質を合成する全ての魚種の卵膜が厚いわけではありません。卵膜は産卵場所や産卵環境に適したものとなっているからです。一般的に、浮性卵(水に浮く卵)は沈性卵(水に沈む卵)に比べて卵膜が薄い傾向にあります。また、胎生や卵胎生の種は孵化まで親の体の中で守られているため卵膜は非常に薄いです。近縁の種であっても産卵環境が違えば卵膜の厚さは大きく異なります。このように卵膜の厚さは魚種によってとてもフレキシブルです。ところが、同一種内に目を向けると、同じ魚であれば卵膜の厚さは一律に決まっており、適当に作られているとは思えません。特に、肝臓でZPタンパク質を合成する種では血流を介して次々にZPタンパク質が送られてくるため、どこまでも厚くなってしまいますが、そのようなことはありません。そこで私達は魚種ごとに卵膜の“作り終わりの合図”があるのではないかと考えて研究を進めています。
「辛いトウガラシと辛くないトウガラシの不思議」
城西大学薬学部薬科学科の機能食品科学研究室との共同研究として、トウガラシのカプサイシン生合成に関する研究もしています。トウガラシにはハバネロやタカノツメのように辛味の強いものからヒモトウガラシのように殆ど辛味のないものまでさまざまな品種があります。私たちは、魚類のテーマで培ったリコンビナントタンパク質作製の技術などを応用して、カプサイシン生合成で働く酵素の僅か1アミノ酸の変化がこの辛味の違いの原因の一つになっている可能性を証明しようとしています。
「よく使う実験手法や設備」
これらの研究で用いる主な実験手法としては、大腸菌やHEK (human embryonic kidney) 293A細胞を用いた組換えタンパク質作製技術、高速液体クロマトグラフィーを用いた酵素活性測定、免疫組織化学、ウェスタンブロッティング、in situ hybridization、マイクロインジェクション法をつかったCRISPR-Cas9による遺伝子ノックアウト、遺伝子導入などです。動物と植物という大きく異なる生物を扱っていますが、これらの実験手法を応用してどちらのテーマにもつかっています。
飼育室
メダカやゼブラフィッシュを飼育しています。
細胞培養
HEK細胞を継代しているところです。
マイクロインジェクション
1細胞期のゼブラフィッシュの卵に細いガラス管を刺して液を注入しています。
SDS-PAGE
タンパク質を電気泳動しています。